「同人誌における商業主義」問題

 「同人誌における商業主義」の問題について触れたいと思います。この問題の解決は非常に難しいのですが、理解を深めることは出来ます。今回はコミックマーケット46(1994年夏)のカタログ内の記事、『座談会「同人誌における商業主義について」』*1を元に話を進めていきます。
 この問題を考える上で必読の資料の一つと言える件の記事は「コミケットの巨大化にともない登場した同人誌系商業誌や商業イベント。それらが同人誌に与える影響を、イベントをプロデュースする立場の彼らがどうとらえているのか。」というテーマで、そうそうたる面子が語る内容。長い文章にしても読まない人が多いという判断で短く纏めましたが、原典は是非読んで貰いたいです。※各人のプロフィールは94年当時のものです。

岩田*2:先に結論めいたことを言わせてもらうと、同人誌とは商業誌、又は商業出版のシステムか疎外された存在だった。つまり、本当は自分の創作物を商業出版という形で世に問いたかったけれど、受け入れられなかった訳です。そうするとそこに二重の感情が生まれます。一つは疎外されてくやしいというような憎悪に近い感情。もう一つはそれなら自分達でそうじゃないものを作ろうという発想。この両面の考えから、同人誌という物は巨大化した。ただ、それが商業主義化したといわれても、どちらも「はじめに商業主義ありき」から出発している以上、同類だと。逆に、比較で捉えている限り何も問題は解決しないんじゃないかな。
大西*3:例えば1984年に発行された「コミケット年鑑」でのコミケット代表の米沢の回顧録によると、マンガ大会からの疎外をどう扱うかが出てきて、少なくともコミケットのスタート時点では前向きな発想だったと思うんです。同人誌の売買をコミケットの第一目標にしているんですよね。ようは最初の設立から商業主義なんですよ。即売会(コミケット)というものは。

 ここでの要点は商業誌・商業出版のカウンターとしての同人誌(あるいはコミケット)が生まれた一方で、商業主義へのカウンターではない事。混同しやすい部分なのではと思います。

筆谷*4:さっきから疎外とか云々って言ってるけど、商業主義の善し悪しは別でしょ。私達にとっての問題は作品の質じゃないの?商業主義になったと言ってる割にクオリティの低い作品ばっか増えてきたのが一番頭にきている訳でさ。
中村*5:そういう本が売れてるから文句があるんでしょ。
筆谷:読者が悪いんだからしょうが無いじゃない。
(一同):オオーーーーーッ
里見*6:ちょっとオブラートに包んだ言い方をすれば、我々読者という立場からすれば、作者に対して非常に甘いですよね。特に同人誌において。ただ、現状のマーケットが作品の質よりも。「○○さんの本が欲しい」という欲求が先にきちゃうような状態だと、共犯関係というより、読者の方が悪いとしか言い様が無いですかね。
岩田:でも甘いから同人誌即売会というものは成り立つんですよ。甘くなかったら、商業誌並みに読者が厳しかったら、コミケットは未だに大田区産業会館(初期のコミケット会場、約300スペース)でやってますよ。(笑)

 同人誌の読者(買い手)は作者に対して甘い。この原則が同人誌のマーケットを拡大させていくわけですが、逆説的に言えば質の悪い作品でも市場が成立してしまう、さらに言うと質の悪い作品が生まれやすい土壌にさえなりうるという事です。
 商業主義として批判される典型的なパターンの1つではありますが、読者の甘さや、好きな作家(またはジャンル)の作品を手にしたいという欲求を逆手に取れば、作品のクオリティ以上の売上を延ばす事も可能でしょう。
 この問題についてはまだ書かなければいけない事はあるのですが、ダラダラと長くなってしまうので、今回はここで区切ります(気が向いた時に続きを書きます)。最後に岩田氏の文章を添えておきます。

 別に商業主義が悪いと言うような単純な発想に私は立たない、この社会に生きている限り商業主義から逃れられることはあり得ないのだし、それの善悪を問うことは不可能だと思うのだから。商業主義を否定するなら、山奥に隠棲するしか道は無いだろう。しかし、商業主義的な行為を自らが行うか、それに安易に身を任せるかどうかと言うことは、別の話だ。そうした行為は全く自己の判断だろうし、高いレベルの責任が生ずると私は思っている。
「同人誌バカ一代」P179より

*1:手元にお持ちの方は1日目と2日目のサークルカットの間あたりを探してください。また、国会図書館にも献本されてありますので、そちらでも読む事が出来ます。

*2:岩田次夫コミケットスタッフ)…コミケットスタッフの中興の祖と言われる。イワエモンのキャラクターで有名。

*3:大西通博(コミケット記録班)…コミケットをメディアとして語れる数少ない人物。メディア評論家でもある。

*4:筆谷芳行コミケットカタログ編集長)…10年前からカタログ編集長、本業は青年漫画誌編集者。

*5:中村公彦COMITIA実行委員会代表)…東京で創作オンリーのCOMITIAを主催。

*6:里見直紀(コミケット配置担当)…コミケットのサークル配置総指揮の重責を担う。